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刃物鋼の再焼入れについて

1.はじめに
 炭素含有量が多い刃物鋼の再焼入れは良くないとされています。その理由としては、加熱の回数が多くなると表面が脱炭しやすくなることや、焼入れ前の金属組織が本来のものと異なってくるため焼入れ性(焼きの入りやすさ)が変わること等が考えられます。
 今回は、刃物鋼の再焼入れを行い、通常の焼入れに比べて金属組織や硬さがどのように変わるのかを調べました。なお、この試験は平成30年2月に実施したものです。

2.実験
・試験片: 炭素工具鋼 SK85(20×20×3mm)
      日立金属(株) 青紙2号(19×74×3mm)
      神戸製鋼所製 KA-70(直径13×長さ15mm)
      日立金属(株) YCS3(直径19×長さ20mm)
      ※試験片の金属組織は球状化
・実験装置:ヤマト科学(株) 電気マッフル炉 F0410
      (株)ニコンインステック 倒立型金属顕微鏡 TME3000U-NR型
      (株)明石製作所製 マイクロビッカース硬度計 MVK-G1
・熱処理 :①焼入れ+焼戻し、②焼入れ2回+焼戻し、③空冷+焼入れ+焼戻し、を実施
      ①~③の熱処理条件は次のとおり
      ・焼入れ:800℃に10分保持後、水冷(SK85、青紙2号、KA-70)または油冷(YCS3)
      ・空冷 :800℃10分保持後、空冷
      ・焼戻し:180℃に1時間保持後空冷
・硬さ試験:試験片断面を鏡面研磨後、マイクロビッカース硬度計で試験(HV0.5)
・金属組織:熱処理後の試験片の断面を鏡面研磨および腐食後、金属顕微鏡で観察
・腐食液 :硝酸アルコール溶液(HNO3 3ml、エチルアルコール97ml)

3.実験結果
 熱処理前の試験片の金属組織を図1~図4に示します。試験片によって炭化物の大きさは異なりますが、いずれの試験片の炭化物も球状化していることが分かります。

SK85の金属組織:熱処理前
図1 SK85の金属組織:熱処理前


青紙2号の金属組織:熱処理前
図2 青紙2号の金属組織:熱処理前


KA-70の金属組織:熱処理前
図3 KA-70の金属組織:熱処理前


YCS3の金属組織:熱処理前
図4 YCS3の金属組織:熱処理前


 次に、SK85に対して、①焼入れ+焼戻し、②焼入れ2回+焼戻し、③空冷+焼入れ+焼戻し、各熱処理を行った後の金属組織を図5~図7に示します。図5に比べて図6と図7の組織はやや粗くなっていることが分かります。

SK85の金属組織:①焼入れ+焼戻し
図5 SK85の金属組織:①焼入れ+焼戻し(硬度 790HV0.5)


SK85の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し
図6 SK85の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し(硬度 800HV0.5)


SK85の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し
図7 SK85の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し(硬度 800HV0.5)


 次に、青紙2号に対して、①焼入れ+焼戻し、②焼入れ2回+焼戻し、③空冷+焼入れ+焼戻し、各熱処理を行った後の金属組織を図8~図10に示します。図8では旧オーステナイト結晶粒界が白っぽく見えるのに対して、図9と10では旧オーステナイト結晶粒界が分かりにくくなっています。

青紙2号の金属組織:①焼入れ+焼戻し
図8 青紙2号の金属組織:①焼入れ+焼戻し(硬度 840HV0.5)


青紙2号の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し
図9 青紙2号の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し(硬度 840HV0.5)


青紙2号の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し
図10 青紙2号の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し(硬度 840HV0.5)


 次に、KA-70に対して、①焼入れ+焼戻し、②焼入れ2回+焼戻し、③空冷+焼入れ+焼戻し、各熱処理を行った後の金属組織を図11~図13に示します。図11に比べて図12と13の組織はわずかに粗くなっているようです。

KA-70の金属組織:①焼入れ+焼戻し
図11 KA-70の金属組織:①焼入れ+焼戻し(硬度 750HV0.5)


KA-70の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し
図12 KA-70の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し(硬度 760HV0.5)


KA-70の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し
図13 KA-70の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し(硬度 760HV0.5)


 最後に、YCS3に対して、①焼入れ+焼戻し、②焼入れ2回+焼戻し、③空冷+焼入れ+焼戻し、各熱処理を行った後の金属組織を図14~図16に示します。図14に見られる微細パーライトは特に図15で小さくなっていることが分かります。

YCS3の金属組織:①焼入れ+焼戻し
図14 YCS3の金属組織:①焼入れ+焼戻し(硬度 790HV0.5)


YCS3の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し
図15 YCS3の金属組織:②焼入れ2回+焼戻し(硬度 790HV0.5)


YCS3の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し
図16 YCS3の金属組織:③空冷+焼入れ+焼戻し(硬度 790HV0.5)


 焼入前に炭化物が球状化していると、焼入れ温度に加熱しても炭素原子が拡散するのに時間がかかるためオーステナイト変態に時間がかかります。このため焼きが入りにくくなります。この傾向は炭化物が大きいと顕著になります。しかし、一度焼入れすると炭素原子が基地組織に分散した状態になるため、再加熱したときに短時間にオーステナイト組織に変態して焼きが入りやすくなります。
 今回の実験で、再焼入れを行うと焼入後の金属組織が粗くなる傾向が見られました。特に熱処理前の炭化物が大きいSK-85について、この傾向が顕著であることが確認できました。

文献
1)日本鉄鋼協会編, 鋼の熱処理 改訂5版, 17-4, pp.27-28, (1989), 丸善(株).

 問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
       県央技術支援センター   斎藤 雄治
       TEL:0256-32-5271  FAX:0256-35-7228