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ピクリン酸を使わない腐食液による旧オーステナイト結晶粒の観察

1.はじめに
 焼入れ焼戻した炭素鋼や低合金鋼の旧オーステナイト結晶粒界の観察を行う際、当センターではピクリン酸飽和水溶液をベースにした腐食液をよく使っています。その一方、ピクリン酸を使わない腐食液で旧オーステナイト結晶粒界を観察したいという相談も当センターに寄せられます。ここでは、炭素鋼S45Cと低合金鋼SCM435について、ピクリン酸飽和水溶液をベースにした腐食液とピクリン酸を含まない腐食液で旧オーステナイト結晶粒界を現出させた結果を比較したので紹介します。なお、この試験は平成30年8月に実施したものです。

2.実験
・試験片 :炭素鋼(S45C:φ20×L20mm)、低合金鋼(SCM435:φ20×L20mm)
・実験装置:ヤマト科学(株) 電気マッフル炉 F0410
      オリンパス光学工業(株)製 金属顕微鏡 BX-60M-53MB型
・熱処理 :焼入れ…850℃に10分保持後に水冷(S45C)または油冷(SCM435)
      焼戻し…なし(焼入れのみ)
          200℃に1時間保持後空冷
          600℃に1時間保持後水冷
・金属組織:試験片断面を鏡面研磨および腐食後、金属顕微鏡で観察
・腐食液 :①硝酸-アルコール溶液(常温)(硝酸 5ml、エチルアルコール 100ml)
      ②(株)山本科学工具研究社製 AGS(40~50℃で10~20分間浸漬)
      ③硫酸-アルコール溶液(常温)(硫酸 3ml、エチルアルコール 100ml)1)
      ④塩酸-硝酸-エチルアルコール-界面活性剤(常温)
       (塩酸10ml、硝酸10ml、エチルアルコール 80ml、台所用洗剤1g)2)
      ⑤カーリングⅠ液(常温)
       (塩化銅Ⅱ1.5g、エチルアルコール33ml、蒸留水33ml、塩酸33ml)
      ※②はピクリン酸飽和水溶液をベースにした腐食液、①③~⑤はピクリン酸を含まない腐食液
3.実験結果
 図1に腐食液①で現出したS45CとSCM435の金属組織を示します。腐食液①は炭素鋼や低合金鋼の金属組織の現出によく用いられているものです。焼入れのみではマルテンサイト、200℃焼戻しと600℃焼戻しでは焼戻しマルテンサイトが見られることが図1から分かります。また、600℃で焼戻したSCM435については、さほど明瞭ではありませんが旧オーステナイト結晶粒界が見られます。

腐食液①によるS45CとSCM435の金属組織
図1 腐食液①によるS45CとSCM435の金属組織

 図2に腐食液②で現出したS45CとSCM435の金属組織を示します。腐食液②は旧オーステナイト結晶粒界の現出によく用いられている市販の腐食液です。いずれの試料についても旧オーステナイト結晶粒界を明瞭に現出することができました。

腐食液②によるS45CとSCM435の金属組織
図2 腐食液②によるS45CとSCM435の金属組織

 図3には腐食液③で現出したS45CとSCM435の金属組織を示しました。S45Cについては焼入れのみと600℃焼戻し、SCM435については600℃焼戻しにおいて、腐食液②ほど明瞭ではありませんが旧オーステナイト結晶粒界が見られます。

腐食液③によるS45CとSCM435の金属組織
図3 腐食液③によるS45CとSCM435の金属組織

 図4には腐食液④で現出したS45CとSCM435の金属組織を示しました。SCM435の600℃焼戻しについて、さほど明瞭ではありませんが旧オーステナイト結晶粒界が見られました。

腐食液④によるS45CとSCM435の金属組織
図4 腐食液④によるS45CとSCM435の金属組織

 図5には腐食液⑤で現出したS45CとSCM435の金属組織を示しました。図4に示した腐食液④の結果と同様にSCM435の600℃焼戻しについて、さほど明瞭ではありませんが旧オーステナイト結晶粒界が見られました。
 
腐食液⑤によるS45CとSCM435の金属組織
図5 腐食液⑤によるS45CとSCM435の金属組織

 実験を行った範囲において、旧オーステナイト結晶粒界を最も明瞭に現出したのは腐食液②のAGSで、その次は腐食液③の硫酸―アルコール溶液でした。ただし、両者の結晶粒界の現出の程度には大きな隔たりがみられました。
 なお、S45Cについては焼入れのさい旧オーステナイト結晶粒界に沿って不完全焼入れ組織が生成されやすいため、その部位の結晶粒界は腐食液①を使って容易に現出できます。

文献
1)日本金属学会編, 金属データブック 改訂4版, p.305, (2008), 丸善(株).
2)藤木, 旧オーステナイト結晶粒界の現出, 熱処理, 25-6, (1985), p.338-342.

  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
       中越技術支援センター   斎藤 雄治
       TEL:0258-46-3700  FAX:0258-46-6900