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SUS310SとSUS430の混合粉末を用いたオーステナイトの定量について

1.はじめに
 X線回折による残留オーステナイトの定量は、マルテンサイト相(α相)とオーステナイト相(γ相)の回折X線強度分布(以降、回折線と呼びます)の積分強度と定数から求める方法(直接比較法)が知られています。この方法から得られる定量値は、用いる定数(K値1))や回折線の積分強度を求める回折角の範囲によって変わるため、得られた値の妥当性を検証するための標準試料があると便利です。ここで、オーステナイトの標準試料はNational Bureau Standards2)などが知られていますが、国内において標準試料は販売されていないようです。
 ここでは、文献3)で紹介されているフェライトとオーステナイトの混合粉末の測定を参考にして、種々の割合で混合させたSUS430とSUS310Sの粉末について、オーステナイトの定量を試みました。

2.実験
【実験条件】
 実験には市販のSUS310SとSUS430の粉末を用いました。粉末の50%粒径はSUS310Sが9μm、SUS430が10μmです。これらの粉末のミルシートからCr当量およびNi当量を計算したところ、SUS310Sは25.96および21.41、SUS430は17.48および1.14となりました。これらの値をシェフラの状態図4)に当てはめると、SUS310Sはオーステナイト(γ)相+ごく少量のフェライト(α)相が存在し、SUS430はフェライト(α)相のみが存在することが予想されます。
 実際に、CrKα線でこれらの粉末の回折線を測定した結果を図1~図4に示します。ここで、CrKα線で回折線を測定すると、α相は回折角156deg付近に(211)面のピークが見られ、γ相は回折角129deg付近に(220)面のピークが見られることが分かっています。これと図1~図4を比較すると、SUS310Sにはα相のわずかなピークとγ相の大きなピークが見られるためγ相とごく少量のα相からなり、SUS430にはα相の大きなピークのみが見られるためα相のみからなるという、上記の予想は正しいことが確認できます。なお、SUS310Sのα相とγ相の回折線から得られたオーステナイト定量値は、3回の平均値で98.5vol%となりました。
SUS310S粉末のCrKα線による回折線(回折角156deg付近)
図1 SUS310S粉末のCrKα線による回折線(回折角156deg付近)

SUS310S粉末のCrKα線による回折線(回折角129deg付近)
図2 SUS310S粉末のCrKα線による回折線(回折角129deg付近)

SUS430粉末のCrKα線による回折線(回折角156deg付近)
図2 SUS430粉末のCrKα線による回折線(回折角156deg付近)

SUS430粉末のCrKα線による回折線(回折角129deg付近)
図4 SUS430粉末のCrKα線による回折線(回折角129deg付近)

 このような相をもつSUS310SとSUS430の粉末について、SUS310Sの配合率を10、20、30、・・・、80、90wt%となるように調合したものを試料としました。この配合率をSUS310SおよびSUS430の密度7.98および7.70 (×10-3kg/cm35)を使ってwt%からvol%に変換し、さらに上記で得られたSUS310S粉末のオーステナイトの定量値98.5%を使って試料のオーステナイト量(vol%)を求めました。その結果を表1に示します。以下の実験では、試料のオーステナイト量とX線回折によるオーステナイト定量値を比較しています。
 X線回折による測定は、(株)リガク製 X線応力測定装置 PSPC-MSF-3M を用いて、CrKα線でα相の(211)面とγ相の(220)面の回折線を表2の条件で行いました。プリセットタイムは、α相は60~120s、γ相は60~240sの範囲にとりました。各試料とも10箇所についてオーステナイト定量を行い、平均と標準偏差を求めました。
 ここで、オーステナイト定量値には回折線の積分範囲やK値が大きく影響します。回折線の積分範囲については、回折線のすそ野付近にある隣接する低強度のピークをできるだけ拾わないように決めました。また、K値については、あらかじめ測定したSUS430粉末の(211)面の回折線ピーク位置とSUS310S粉末の(220)面の回折線ピーク位置を使って、文献6)から算出しています。このようにして求めた回折線の積分範囲(α相:152~160deg、γ相:126.5~132deg)とK値(0.27)をオーステナイト定量に用いました。

表1 試料のオーステナイト量
SUS310Sの配合率試料のオーステナイト量
(wt%)(vol%)(vol%)
10.09.79.5
20.019.419.1
30.029.328.8
40.039.138.6
50.049.148.4
60.059.158.3
70.069.268.2
80.079.478.2
90.089.788.3


表2 X線回折によるオーステナイト定量の測定条件
α相γ相
KβフィルタV
管電圧30 kV
管電流10 mA
コリメータ2×2 mm
回折面(211)(220)
sin2ψ0
2θ角151.0-161.0 deg125-133 deg
ステップ角0.05 deg

【実験結果】
 各試料について、X線回折によるオーステナイト定量を行った結果を示します。図5に、種々のオーステナイト量γpowderに対するオーステナイト定量値γX-rayを示しました。図には、各試料の10か所の定量値の平均値を〇で、t分布による95%信頼区間をエラーバーでそれぞれ示しました。図に示したγX-rayrpowderの直線上に定量値が乗っていることから、X線回折によるオーステナイト定量値は試料のオーステナイト量とほぼ一致する結果が得られました。
試料のオーステナイト量とX線回折によるオーステナイト定量値
図5 試料のオーステナイト量に対するX線回折によるオーステナイト定量値

参考文献
1) 例えば 円山, 熱処理, 17巻4号(1977), 198-204ページ
2) 例えば G. E. Hicho and E. E. Eaton, A Standard Reference Material Containing Nominally Five Percent Austenite (SRM 485A), NBS Special Publication 260-76 (1982)
3) 内藤, 残留オーステナイトの測定用標準片, 熱処理, 17巻4号(1977), 211-214ページ
4) 例えば 田中編, JIS使い方シリーズ ステンレス鋼の選び方・使い方 改訂版, 2010年, 29ページ
5) ステンレス協会編, ステンレス鋼便覧 第3版, 1995年, 1427-1428ページ
6) 高橋, X線回折法による残留オーステナイトの定量と炭素濃度測定, 東北工業技術研究所技術資料, 第23号( 1999), 130-138ページ

  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        中越技術支援センター   斎藤 雄治
        TEL:0258-46-3700   FAX:0258-46-6900