焼入れした炭素鋼の表層部の金属組織について
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焼入れした炭素鋼の表層部の金属組織について

1.はじめに
 S45Cなどの炭素鋼を焼入れして断面の金属組織を観察すると、表面付近において図1に示すような針状組織が見られる場合があります。この針状組織は、埋め込み樹脂と試料の間に腐食液が染み込むことによって生じるオーバーエッチングとは見え方が異なるため、マルテンサイト組織とは異なる組織と考えられます。今回は、この針状の組織について調べた結果を紹介します。

焼入れした炭素鋼の表面付近に見られる針状組織
図1 焼入れした炭素鋼の表面付近に見られる針状組織の一例

2.実験条件
 試料は大きさ直径20×長さ20mmの機械構造用炭素鋼S45Cです。これを850℃で15分保持後に水冷の焼入れを行いました。焼入れ後、長さ方向の断面について鏡面研磨およびエッチング(硫酸-アルコール溶液(配合:H2SO4 3ml、エチルアルコール 100ml))して金属組織を観察しました。観察においては金属組織による硬さの違いを比較するため、ビッカース硬さ試験機により試験力1.02Nでくぼみ付けした位置を観察しました。実験装置は次のとおりです。

・(株)東洋製作所 電気マッフル炉 KM-420
・(株)ニコンインステック 倒立型金属顕微鏡 TME3000U-NR型
・(株)明石製作所製 マイクロビッカース硬度計 MVK-G1

3.実験結果
 図2に、焼入れしたS45Cの試料断面の表面付近の金属組織を示します。白色に近い組織はマルテンサイト組織で、ごく表面に濃色の針状組織が認められます。図2では、これらの組織にビッカース硬さ試験機でくぼみ(試験力1.02N)を付けています。これらのくぼみに注目すると、針状組織はマルテンサイト組織より軟らかいことが分かります。なお、これらのくぼみから求めた硬さ値は、針状組織は約540HV0.1、マルテンサイト組織は約750HV0.1となりました。
 図3に、同じ断面の内部の金属組織を示します。白色に近い組織はマルテンサイト組織で、黒色の組織は結節状の微細パーライト組織となっています。ここで、結節状の微細パーライト組織は、炭素鋼において焼入れ時の冷却速度が小さい場合に旧オーステナイト結晶粒界にできる組織です。図3では、マルテンサイト組織だけの位置と、マルテンサイト組織と結節状の微細パーライト組織の混合となっている位置に、ビッカース硬さ試験機でくぼみ(試験力1.02N)を付けています。微細パーライト組織は名前のとおりパーライト組織であるため、硬さはマルテンサイト組織に比べてかなり低くなります。マルテンサイト組織と結節状の微細パーライト組織の混合組織につけたくぼみから求めた硬さ値は約400HV0.1となりました。
 図2に見られる針状の組織は、硬さ値がマルテンサイト組織と微細パーライト組織の間の値を取っており、形状がマルテンサイト組織と似ていることから、下部ベイナイト組織と考えられます。このような針状組織が生じる理由としては、水冷時に蒸気膜ができることによる局所的な冷却速度の低下等が挙げられます。

焼入れしたS45Cの金属組織(表面付近)
図2 焼入れしたS45Cの金属組織(表面付近)


焼入れしたS45Cの金属組織(内部)
図3 焼入れしたS45Cの金属組織(内部)


終わりに
 今回は焼入れした炭素鋼の表面付近の針状組織について紹介しました。炭素鋼の水焼入れにおいては、微細パーライト組織も表面付近だけに見られることがあります。表面に針状組織や微細パーライト組織のような不完全な焼入れ組織が生じることを「焼むら」と呼んでいます。焼入れ状態または低温焼戻し状態で使用する製品においては、焼むらはトラブルの要因になりやすいため、焼むらが出にくい焼入れ方法の採用が必要と考えられます。その例として、均一な冷却方法や適正な冷却剤の採用が挙げられます。

  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        中越技術支援センター   斎藤 雄治
        TEL:0258-46-3700   FAX:0258-46-6900