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新潟県工業技術総合研究所は、工業系の技術支援機関です。


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銅管腐食の事例調査

1.はじめに
 冷凍機の冷媒配管に銅管が広く使用されていますが、この銅管に小さな腐食孔が生成して冷媒漏洩を発生することがあります。現在、この腐食の原因を調査するためには、腐食部断面の観察が重要事項となっています。しかし、腐食部が肉眼での発見が困難なほど小さい場合、腐食孔を断面観察できるように試料調製(切断、樹脂包埋、研磨)することは、非常に困難です。また、腐食原因調査のためには、銅管外面の腐食孔に存在する腐食生成物を分析することも非常に重要ですが、試料調製を行うと、この腐食生成物を失うことになります。
 一方、非常に小さな腐食孔が生成する蟻の巣状腐食を人工的環境で多く発生させた銅管について、X線コンピュータ断層撮影(X線CT)を用いてその内部まで三次元的に観察した事例が報告1)されています。この方法は、従来の試料調製が不要であり、腐食生成物も失わずに小さな腐食孔の断面観察ができます。
 そこで本研究では、実際に使用された除湿機において冷媒漏洩が発生した銅管について、X線CTによる観察を行いました。そして、この結果に基づいて銅管外側の腐食部について観察およびX線マイクロアナライザー(EPMA)分析を行いました。また、腐食原因と推定される物質についてフーリエ変換赤外分光光度(FTIR)法による分析を行い、腐食原因の検討を行いました。

2.実験
2.1 試料
 実験に供した試験片は、一般家庭で使用されて冷媒漏洩が発生した除湿機冷却器の銅管(試料A、B、C)です。これらの銅管は、外形7.0mm、底肉厚0.23mm、溝深さ0.12mm、JIS H3300 C1220 りん脱酸銅の内面溝付銅管です。なお、試料A、Bは界面活性剤水溶液、試料Cは冷媒を用いて、おおよその漏洩部を確認しました。
2.2 観察
 X線CTによる観察は、Nikon Metrology製マイクロフォーカスX線CT装置(MCT225)を用いて行いました。銅管外側の漏洩部周辺については、 (株)島津理化製STZ-171-TLEDによる実体顕微鏡観察、日本電子(株)製JXA-8100による走査電子顕微鏡(SEM)観察を行いました。
2.3 分析
 腐食生成物などの成分分析は、日本電子(株)製JXA-8100を用いたEPMA分析、(株)パーキンエルマージャパン製フーリエ変換赤外分光分析装置Spectrum Oneを用いたFTIR法より行いました。
        
3.結果および考察
3.1 試料A
 試料AのX線CTによる三次元画像とそのA-A’断面を図1、2に示します。これらより銅管外側に小さな穴が帯状に多く存在し、それらの穴は外側から内側に向かって進行していることがわかります。断面観察(図2)では、貫通している箇所を一箇所見つけることができ、その箇所では貫通している穴から別方向へ枝分かれしている穴も確認できました。この形態は、この貫通箇所の腐食が、蟻の巣状腐食であることを示しています。外側表面では、この貫通している穴を肉眼で発見することは難しく、実体顕微鏡観察(図3)およびSEM観察(図4)では、その穴に腐食生成物が詰まっていることが確認できます。なお、X線CTでは腐食生成物の密度が小さいため、腐食生成物を除去しなくても穴の形状を観察できることが確認できました。
 また、実体顕微鏡観察において、腐食孔周辺は赤褐色であり、緑青の腐食生成物は見られません。このことも既に報告2)されている蟻の巣状腐食の特徴と一致します。
 蟻の巣状腐食は、低級有機酸が原因物質であることが知られています。そこで冷却器において低級有機酸の発生源となりうる物質を検討したところ、クッション材の粘着剤(接着部)が候補として考えられたので、これをFTIR法で分析しました。その結果(図5)、粘着剤はアクリル系であることが確認できました。アクリル系粘着剤には酢酸ビニルが配合されている場合があり3)、この酢酸ビニルは、加水分解により酢酸とアセトアルデヒドに分解されます。このことからクッション材の粘着剤から発生した酢酸により、蟻の巣状腐食が発生した可能性があると考えられます。
図1 試料Aの三次元画像
図1 試料Aの三次元画像

図2 試料AのA-A’断面画像
図2 試料AのA-A’断面画像

図3 試料Aの実体顕微鏡写真
図3 試料Aの実体顕微鏡写真

図4 試料AのSEM写真
図4 試料AのSEM写真

図5 粘着剤のIRスペクトル
図5 粘着剤のIRスペクトル

3.2 試料B
 試料BのX線CTによる三次元画像とそのB-B’断面を図6、7に示します。これらより銅管外側には試料Aよりも大きな穴が多く存在し、それらの穴は外側から内側に向かって進行していることがわかります。断面観察(図7)では、貫通している箇所を一箇所見つけることができました。そして、その穴の形状は、試料Aとは明らかに異なっており、外面腐食で生じる形状4)に似ています。なお、図6、8において左下から右上に向かって見られる溝は、試料調製時に付いた疵です。
 実体顕微鏡観察(図8)およびSEM観察(図9)では、その穴に腐食生成物が詰まっていることが確認できます。また、図8で見られる上部の黒色部は、マーキングのマジックであるが、腐食部周辺には緑青の腐食生成物が確認できました。これらのことから、試料Bは外面腐食を生じたと考えられます。
図6 試料Bの三次元画像
図6 試料Bの三次元画像

図7 試料BのB-B’断面画像
図7 試料BのB-B’断面画像

図8 試料Bの実体顕微鏡写真
図8 試料Bの実体顕微鏡写真

図9 試料BのSEM写真
図9 試料BのSEM写真

3.3 試料C
 試料CのX線CTによる三次元画像(図10)から、銅管外側の穴の面積は試料A、Bに比べてかなり大きく、円周方向に溝ができていることが確認できます。また、C-C’断面(図11)で見られる穴の形状は試料Bに類似しています。実体顕微鏡観察(図12)およびSEM観察(図13)では、その穴に腐食生成物が詰まっていることが確認でき、図12では腐食部周辺に緑青の腐食生成物が確認できます。
 試料AおよびCの銅管外側の貫通した穴付近についてEPMA分析を行いました。また、試料Cが使用されていた冷却器の放熱用アルミニウムフィンには、銅管との接触部に付着物が確認されました。このアルミニウムフィンの付着物が存在している箇所についてもEPMA分析を行いました。それらの検出元素と半定量値を表1~3に示します。試料CのAlの検出量は試料Aより大きいことから、試料Cでは、銅管とともに銅管に接しているアルミニウムフィンも多く腐食し、その生成物が付着したと考えられます。
 また試料A、Cおよびアルミニウムフィンの付着物の存在している箇所においてSが検出されています。なお、PM2.5を含む大気エアロゾルが外気から住宅室内へ侵入5)し、そのPM2.5に硫酸イオンが多く含まれているという報告6)があります。また、硫酸イオンは外気からの侵入率が高いと考えられるとの報告7)もあります。さらに試料Cは、腐食形態が外面腐食に似ており、外面腐食は酸性またはアルカリ性の液体により生じます。これらのことから、試料Cでは、冷却器で生じた結露に除湿機内に吹き込んだ空気に含まれる硫酸イオンが溶解して酸性水溶液が生成し、外面腐食が発生したと考えられます。試料Bの腐食形態も試料Cに類似していることから試料Bの腐食孔発生原因も硫酸イオンを含む酸性水溶液による外面腐食であると考えられます。
図10 試料Cの三次元画像
図10 試料Cの三次元画像

図11 試料CのC-C’断面画像
図11 試料CのC-C’断面画像

図12 試料Cの実体顕微鏡写真
図12 試料Cの実体顕微鏡写真

図13 試料CのSEM写真
図13 試料CのSEM写真


表1 試料Aの腐食物の半定量結果
表1 試料Aの半定量結果

表2 試料Cの腐食物の半定量結果
表2 試料Cの半定量結果

表3 アルミニウムフィン上の付着物の半定量結果
表3 付着物の半定量結果

4.おわりに
  1. 一般家庭で使用されて冷媒漏洩が発生した除湿機冷却器の銅管について、その腐食原因の調査を行いました。その結果、蟻の巣状腐食または外面腐食であることが確認でき、それらの腐食原因物質も推定できました。
  2. 本研究では、X線CTを用いることにより、腐食孔のある銅管について非破壊で内部の腐食形態が観察でき、腐食生成物が温存できるため観察後に成分分析が行えました。この様にX線CTの利用は、銅管の冷媒漏洩原因調査に非常に有効であることが確認できました。
参考文献
1)細木哲郎,伊藤真一,渡辺雅人,崩岡久敏:“銅管に発生させた蟻の巣状腐食のCTスキャナによる観察”,材料と環境,Vol.66,No.12,2017,pp.405-408.
2)能登谷武紀:“銅管の蟻の巣状腐食”,Boshoku Gijutsu,Vol.39,No.6,1990,pp.315-320.
3)中前勝彦:“粘着と粘着剤”,高分子,Vol.30,No.9,1981,pp.669-673.
4) https://www.njt-copper.com/media/20210610-173710-865.pdf
5)鍵直樹:“室内空気環境における新たな汚染物質”,保健医療科学,Vol.63,No.4,2014,pp.350-358.
6)杉山広和,信森達也,前田 泉:“環境中の大気汚染物質に関する研究(微小粒子PM2.5による大気汚染)-第3報 オキシダント高濃度,わら焼き,黄砂飛来時におけるイオン成分濃度-”,岡山県環境保健センター年報,Vol.32,2008,pp.11-16.
7)船坂邦弘,古市裕子,酒井 護:“住宅構造の違いによる大気エアロゾルの室内への侵入と対策提案 ―微量化学分析からのアプローチ―”,住総研研究論文集・実践研究報告集,No.44,2017,pp.97-107.
  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        下越技術支援センター   諸橋 春夫、中部 昇、水沼 達郎
        TEL:025-244-9168   FAX:025-241-5018
      (令和4年3月10日)