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XPS分析による銅の変色原因調査

1.はじめに
 銅製品表面が変色してクレーム品となることがあり、当研究所にその原因についての問い合わせがあります。これらの中には腐食生成物の生成によって表面が荒れているのではなく、変色のみ確認されるものが多くあります。この様な銅の変色は、酸化や硫化、そして非常に薄い(数10~数100nm)Cu2O膜の光の干渉現象による発色などが原因となる場合があります。
 一方、X線光電子分光(XPS)分析は、表面数nmにおける元素組成分析と化学結合状態(どんな化合物なのか)を調べることができる分析方法です。そのため、このXPS分析は銅表面の変色原因を調べるのに有効であると考えられます。
 そこで、本研究では各種方法で表面を酸化させた銅板についてXPS分析を行い、どの様な皮膜が形成されているのかについて検討を行いました。

2.実験
2.1 試料
 実験に供した試験片は、20×20×0.5mmのりん脱酸銅(C1220)です。これを20vol% H2SO4水溶液(液温30℃)に10分間浸漬して酸化皮膜を除去(未処理)後、恒温恒湿器を用いた湿式酸化および電気炉を用いた高温酸化を行いました。  恒温恒湿器では、試験片2枚を重ねて温度60℃、湿度90%RHにて144時間静置(湿式酸化60℃)しました。電気炉では200℃(高温酸化200℃)、300℃(高温酸化300℃)、400℃(高温酸化400 ℃)で10分間の加熱を行いました。
2.2 表面分析
 上記の5試料について、X線光電子分光(XPS)分析装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製K-Alpha)を用いて、Cu2p、CuLMMオージェ電子およびO1sのスペクトルを測定しました。これらの測定では、X線源は単色Al Kα線、照射径は400μmとし、中和銃を使用しました。また、スキャンは、パスエネルギー50eV、エネルギーステップ0.1eVとしました。
        
3.結果
3.1 湿式酸化および高温酸化による変色
 5試料の写真を図1に示します。湿式酸化60℃は斑のある橙色となっており、高温酸化200℃は全面が一様に橙色になっています。高温酸化300℃は金属光沢が抑えられたこげ茶色であり、高温酸化400℃は黒色で皮膜の一部が剝がれていました。 高温酸化による変色では、200℃付近でCu2Oが発生する1)ことから高温酸化200℃はCu2O皮膜の光の干渉による発色と考えられます。高温酸化300℃はこげ茶色、高温酸化400℃は黒色であることからCuOが生成していると推定できます。
図1 各種処理を施した銅板
図1 各種処理を施した銅板

3.2 XPS分析
3.2.1 Cu2pスペクトル
 XPS分析では多くのCuに関するスペクトルが存在しますが、その中で定性や定量に用いられる主要なスペクトルは、Cu2pスペクトルです。そのCu2pスペクトルの測定結果を図2に示します。多くの元素は酸素と結合するとそのスペクトルは高エネルギー側へシフトし、結合する酸素の数が多くなるほどシフトの量が大きくなります。そのためこのシフト量からどの様な化学結合状態であるかを判断できます。
 しかし、Cuでは、金属Cu、Cu2O、CuOのピーク位置は、932.6eV、932.7eV、933.1 eVと近い位置にあるため、933eV付近のピークでは、これらの化学状態の区別は困難です。ただしCu2OとCuOの区別についてはサテライトピークで判断します。未処理と高温酸化200℃では、943~948eV付近にCu2Oに由来するサテライトピークが確認され、湿式酸化60℃、高温酸化300℃、400℃では、940~945eV付近にCuOに由来するサテライトピークが確認されました。
図2 Cu2pスペクトル
図2 Cu2pスペクトル

3.2.2 CuLMMオージェ電子スペクトル
 図3のCuLMMオージェ電子スペクトルにおいて、未処理では、Cu(918.7eV)とCu2O(916.2eV)に由来するピークが出ており、高温酸化200℃では、Cu2Oに由来のピークのみ確認されました。また、湿式酸化60℃、高温酸化300℃、400℃では、CuO(917.6eV )に由来のピークが見られました。湿式酸化60℃と高温酸化200℃は、どちらも橙色に変色していますが、XPS分析によって、各々に異なる酸化膜が生成していることが確認できました。なお、CuLMMオージェ電子スペクトルの横軸は、運動エネルギー(940~900 eV)で示していますが、結合エネルギーに換算すると546.6~586.6eVとなります。
図3 CuLMMオージェ電子スペクトル
図3 CuLMMオージェ電子スペクトル

3.2.3 O1sスペクトル
 図4のO1sスペクトルにおいて、未処理と高温酸化200℃はCu2O由来のピーク(530.7 eV)、湿式酸化60℃、高温酸化300℃、400℃はCuO由来のピーク(529.8eV)が確認されました。これらはCuLMMオージェ電子スペクトルの傾向と一致しており、高温酸化200℃以外の試料ではCu(OH)2由来のピーク(531.7eV)も確認された。また、湿式酸化60℃、高温酸化300℃、400℃において、ベースラインを引いて求めたCuOとCu(OH)2のピーク高さ比(CuOの高さを1とする)は、各々0.44、0.15、0.14です。このことから、3試料の生成物は同じですが、湿式酸化では高温酸化よりもCu(OH)2の生成量が多いことがわかりました。
図4 O1sスペクトル
図4 O1sスペクトル

4.考察
 XPS分析結果から、高温酸化200℃の変色はCu2O膜の光の干渉による発色であり、高温酸化300℃、400℃は黒色であるCuOの存在による変色であることが確認できました。また、湿式酸化60℃については、通常の大気環境下ではCu2Oの膜厚があるレベルを超えた後にCuOの生成が開始する2) ことから未処理で見られなかったCuOが湿式酸化によって生成したものと考えられます。同じ橙色になっている湿式酸化60℃と高温酸化200℃は、その構造が異なっており、変色部にCuOが存在すれば湿式酸化、Cu2Oのみが存在すれば200℃付近の高温酸化が原因であると判断できることがわかりました。そして、200℃での高温酸化ではCu(OH)2が生じないこともわかりました。
5.おわりに
 表面を酸化させた銅についてXPS分析を行い、以下のことがわかりました。
  1. 60℃の湿式酸化と300℃、400℃の高温酸化では、銅表面にCuOとCu(OH)2が存在し、200℃の高温酸化ではCu2Oのみが存在していることが確認できました。
  2. 60℃の湿式酸化と200℃の高温酸化では、どちらも橙色に変色しましたが、XPS分析によって皮膜構造の違いが確認できました。
  3. XPS分析でCu2p、CuLMMオージェ電子、O1sスペクトルを測定することにより銅表面の構造を明らかにすることができ、銅の変色原因調査に有効であることがわかりました。
参考文献
1)仲田進一,“銅および銅合金の変色について”,防蝕技術,8巻,7号,1959,pp. 291-297.
2)S. Nakayama, T. Notoya, and T. Osakai, “A Mechanism for the Atmospheric Corrosion of Copper Determined by Voltammetry with a Strongly Alkaline Electrolyte”J. Electrochem. Soc., Vol.157, No.9, 2010, C289-C294.
  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        下越技術支援センター   諸橋 春夫
        TEL:025-244-9168   FAX:025-241-5018
      (令和4年3月28日)