本文へスキップ

新潟県工業技術総合研究所は、工業系の技術支援機関です。


Topページ > 機械・金属関係 技術トピックス  > 塑性ひずみを加えたステンレス鋼SUS304の加熱に伴う炭化物の析出について
塑性ひずみを加えたステンレス鋼SUS304の加熱に伴う炭化物の析出について

1.はじめに
 ステンレス鋼SUS304を600~800℃の温度範囲にさらすと、結晶粒界にクロム炭化物が析出した状態(鋭敏化と呼ぶ)となります。クロム炭化物が析出すると周囲のクロム量が少なくなるため、その部位の耐食性が低下します。
 SUS304の素材をプレスなどの塑性加工後に溶接などによって加熱する場合、鋭敏化の温度が低温側に移行したり、結晶粒界だけでなく結晶粒内からもクロム炭化物が析出することが分かっています1)。しかし、これに関して組織写真を例示している文献は多くありません。
 そこで今回は、塑性ひずみを加えたSUS304鋼板の試験片について熱処理を行い、金属組織を観察してクロム炭化物の析出の様子を観察しました。この実験は令和3年8月に実施したものです。

2.実験
【実験方法】
 表1に示す化学成分の冷間圧延ステンレス鋼板SUS304について、長手方向を圧延方向にとったJIS B2241の13B号試験片(厚さ0.8mm)を作製しました。
 試験片に材料試験機で常温で塑性ひずみ(0%、15%、30%)を加えた後、試験片の平行部を長さ2cmに切断して、各温度条件(非加熱、500℃、550℃、600℃、650℃、700℃)に1時間保持の熱処理を行いました。その後、樹脂埋めおよび表面を鏡面研磨および電解腐食(条件:10%しゅう酸水溶液、電流密度0.6A/cm2で30s 2))後、金属顕微鏡による金属組織の観察を行いました。なお、非加熱の試験片についてはビッカース硬さ試験も行いました。
 実験で用いた試験機器は次のとおりです。

・成分分析:(株)堀場製作所製 EMIA-920V2
      ブルカー・エイエックスエス(株)製 S8 TIGER 4kW
・引張試験:(株)島津製作所製 AG-100KNG-M1
・硬さ試験:(株)明石製作所製 型式 MVK-G2500
・金属組織観察:オリンパス(株)製 BX53MRF-S(D)
・電気マッフル炉:ヤマト科学(株)製 F0410

 一定の電流密度で電解腐食を行うため、図1に示すように試験片を「くの字」に曲げてクリップを取り付けて樹脂埋めすることにより、観察面以外の金属が腐食液に浸らないようにしました。

表1 試験片の化学成分 (mass%)
C Si Mn P S Ni Cr Mo Cu
0.06 0.40 0.98 0.031 0.005 7.9 18.0 0.19 0.64

試験片の樹脂埋め方法
図1 試験片の樹脂埋め方法

【実験結果】
 以下の図2~図7に金属組織の観察結果を示します。各図において、左は0%、中は15%、右は30%の塑性ひずみに対する金属組織で、図の横方向が材料の圧延方向(ひずみを加えた方向)となります。また、各画像をクリックすると拡大表示します。
 図2は非加熱の試験片の金属組織で、オーステナイトの結晶粒が見られます。さらに、15%と30%の金属組織には結晶粒内に細かい平行線(双晶)が見られます。
 ここで、非加熱の試験片のビッカース硬さの試験結果を表2に示します。塑性ひずみが大きくなるにつれて硬さ値は高くなっています。

0%-非加熱 15%-非加熱 30%-非加熱
図2 非加熱の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%

表2 非加熱の試験片の硬さ
試験片 ビッカース硬さ(HV0.5)
0% 178
15% 255
30% 298

 図3は500℃で熱処理後の金属組織です。図2の非加熱の金属組織と比較すると、0%と15%の金属組織はほとんど変化していませんが、30%の金属組織は双晶の部位が濃く見えます。双晶の部位でクロム炭化物が析出したものと考えられます。

0%-500℃ 15%-500℃ 30%-500℃
図3 熱処理後(500℃、1h)の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%

 図4は550℃で熱処理後の金属組織です。図3の500℃で熱処理後の金属組織と比較すると、0%と15%の金属組織はほとんど変化していませんが、30%の金属組織は双晶の部位がより濃く見えます。双晶の部位におけるクロム炭化物の析出量が増えたと考えられます。

0%-550℃ 15%-550℃ 30%-550℃
図4 熱処理後(550℃、1h)の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%

 図5は600℃で熱処理後の金属組織です。図4の550℃で熱処理後の金属組織と比較すると、0%の金属組織はほとんど変化していませんが、15%の金属組織では双晶の部位が濃く見え、30%の金属組織では双晶の部位がより濃く見えます。このことから、15%の金属組織ではクロム炭化物の析出が始まり、30%の金属組織ではクロム炭化物の析出量がさらに増えたと考えられます。さらに、15%と30%の金属組織では一部の結晶粒において結晶粒界が濃く見えることから、鋭敏化(結晶粒界におけるクロム炭化物の析出)も始まったと考えられます。

0%-600℃ 15%-600℃ 30%-600℃
図5 熱処理後(600℃、1h)の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%

 図6は650℃で熱処理後の金属組織です。図5の600℃で熱処理後の金属組織と比較すると、0%の金属組織にも鋭敏化が見られます。また、15%と30%の金属組織では双晶の部位のクロム炭化物の析出量がさらに増え、鋭敏化も進行していることが分かります。

0%-650℃ 15%-650℃ 30%-650℃
図6 熱処理後(650℃、1h)の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%

 図7は700℃で熱処理後の金属組織です。図6の650℃の金属組織と比較すると、いずれの金属組織も鋭敏化および双晶の部位でのクロム炭化物の析出が進行していることが分かります。

0%-700℃ 15%-700℃ 30%-700℃
図7 熱処理後(700℃、1h)の試験片の金属組織
塑性ひずみ: 左:0%、中:15%、右:30%


3.終わりに
 塑性ひずみを加えたSUS304鋼板を熱処理して金属組織を観察しました。その結果、塑性ひずみを加えない場合に比べて
A 鋭敏化が始まる温度が低くなる
B 結晶粒内の双晶の部位からもクロム炭化物が析出する
ことを確認しました。SUS304を塑性変形させた後に加熱する場合、上記A、Bにより耐食性が低下しやすいため注意が必要です。

参考文献
1) 秋山・寺崎・米田、オーステナイト系ステンレス鋼の粒界腐食における鋭敏化現象に及ぼす塑性加工の影響、日本金属学会誌、第52巻、第11号、1988年、1137~1143ページ。
2) 標準顕微鏡組織 第3類、(株)山本科学工具研究社、2001年、14~16ページ。

  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        中越技術支援センター   斎藤 雄治
        TEL:0258-46-3700   FAX:0258-46-6900
        Mail:info@iri.pref.niigata.jp