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X線回折における残留オーステナイト体積率のばらつきについて

1.はじめに
 X線回折を使った残留オーステナイトの体積率の測定は、マルテンサイト相とオーステナイト相の回折X線強度分布の積分強度を使って計算で求める方法が知られています。ここで、積分強度などのX線による測定値はX線強度固有の統計変動によってばらつきを生じることが知られているため、残留オーステナイト体積率もばらつくことが考えられます。
 これまで残留オーステナイトの測定値のばらつきを求める準備として、前々回前回のトピックで積分強度のばらつきの大きさを求める方法を紹介しました。
 今回はこれらの結果を使って残留オーステナイト体積率のばらつきの大きさを求める方法を紹介します。

2.残留オーステナイト体積率のばらつきの計算
 いま、残留オーステナイト体積率を$\gamma$、マルテンサイト相(以降、$\alpha$相)およびオーステナイト相(以降、$\gamma$相)の積分強度をそれぞれ$I_\alpha$および$I_\gamma$とし、回折角、回折面および物質の種類に依存する定数を$R$とすると、$\gamma$は次式から求まります1)。 \[ \gamma=\frac{1}{R \frac{I_\alpha}{I_\gamma}+1}=\frac{I_\gamma}{RI_\alpha+I_\gamma} \tag{1} \] ここで、誤差伝播の法則を使うと、$\gamma$のばらつきの大きさを表す分散$\sigma^2_\gamma$は \[ \sigma^2_\gamma=\left(\frac{\partial \gamma}{\partial I_\alpha}\right )^2 \sigma^2_{I_\alpha} +\left(\frac{\partial \gamma}{\partial I_\gamma}\right )^2 \sigma^2_{I_\gamma} \tag{2} \] と表せます。ここに、$\sigma^2_{I_\alpha}$と$\sigma^2_{I_\gamma}$は、$\alpha$相と$\gamma$相の積分強度の分散を表します。
 式(2)において$\partial \gamma/\partial I_\alpha$、$\partial \gamma/\partial I_\gamma$を計算すると \[ \frac{\partial \gamma}{\partial I_\alpha}=-\frac{RI_\gamma}{(RI_\alpha+I_\gamma)^2} \tag{3} \] \[ \frac{\partial \gamma}{\partial I_\gamma}=\frac{RI_\alpha}{(RI_\alpha+I_\gamma)^2} \tag{4} \] となります。式(3)と(4)を式(2)に代入して \[ \sigma^2_\gamma=\frac{R^2}{(RI_\alpha+I_\gamma)^4} (I^2_\gamma\sigma^2_{I_\alpha}+I^2_\alpha\sigma^2_{I_\gamma}) \tag{5} \] を得ます。
 式(5)において、$\alpha$相と$\gamma$相のX線強度すなわちプリセットタイムをそれぞれ$k$倍にすると、$R$は変わりませんが、$I_\alpha$と$I_\gamma$は$k$倍になり、$\sigma_{I_\alpha}$と$\sigma_{I_\gamma}$は$\sqrt{k}$倍になるため、$\sigma_\gamma$は$1/\sqrt{k}$倍になることが分かります。

3.実験方法
 実験にはオーステナイト量が約50%になる試料を用いました。すなわち、純鉄粉末(325メッシュ)とSUS304粉末(100メッシュ以下)を同体積で混合したものを試料としました。ここで、純鉄粉末はフェライト相で、SUS304粉末は若干磁性を持つためオーステナイト相と少量のマルテンサイト相からなると考えられます。フェライト相とマルテンサイト相はきわめて近い結晶構造をもつため、実験で用いたX線応力測定装置で回折X線強度分布を測定すると、フェライト相とマルテンサイト相の強度のピークは重なります。以上のことから、この試料では、フェライト+マルテンサイト相の回折X線強度分布と、オーステナイト相の回折X線強度分布が測定されることとなり、オーステナイト体積率は50%弱となることが予想されます。
 実験装置には、(株)リガク製 X線応力測定装置 PSPC-MSF-3M を用いました。プリセットタイムは5種類(7, 15, 30, 60, 120s)とし、各プリセットタイムで表1の条件でフェライト+マルテンサイト相($\alpha$相)とオーステナイト相($\gamma$相)の回折X線強度分布をそれぞれ50回繰り返し測定しました。得られた回折X線強度分布について積分強度を計算しました。積分強度の計算には、回折X線強度分布のデータのうち、$\alpha$相150~165deg、$\gamma$相127~132degの回折角の範囲を用いました。X線強度はバックグラウンドで補正しました。オーステナイト体積率は式(1)から求め、その標準偏差は式(5)から求めました。計算に用いた$R$は0.3としました。1回ごとの測定から求まるオーステナイト体積率の標準偏差と、50個のオーステナイト体積率の標準偏差を比較しました。


表1 X線によるオーステナイト体積率の測定条件
純鉄粉末($\alpha$相)SUS304粉末($\gamma$相)
管球Cr
KβフィルタV
管電圧30 kV
管電流10 mA
コリメータ2×2 mm
回折面(211)(220)
sin2ψ0
2θ角142.5-169.9 deg114.5-141.9 deg
ステップ角0.05 deg

4.実験結果および考察
 図1と図2に、測定した回折X線強度分布の一例を示します。図1は純鉄とSUS304のマルテンサイト相で、図2はSUS304粉末のオーステナイト相の回折X線強度分布です。図1は回折角156deg付近に、図2は回折角129deg付近に、強度のピークがあることが分かります。プリセットタイム7、15、30、60sについても同様な回折X線強度分布が得られました。
 図3~図7に、プリセットタイムを7、15、30、60および120sで50回ずつオーステナイト体積率を測定した結果を示します。これらの図には、50個のオーステナイト体積率の平均値と95%信頼区間を示しました。また、一回ごとの測定から式(5)を使って計算したオーステナイト体積率とその95%信頼区間をエラーバーで示しました。これらの図より、エラーバーの中に50回測定した平均値がほぼ含まれていることが分かります。また、50個のオーステナイト体積率の95%信頼区間の幅とエラーバーの幅がほぼ同じであることが分かります。
 表2に、各プリセットタイムに対して
①オーステナイト体積率の平均値とその95%信頼区間
②一回ごとに計算で求めたオーステナイト体積率の95%信頼区間の50個の平均値
を示しました。表1において、プリセットタイムが60s以下において、①と②いずれもプリセットタイムの平方根にほぼ比例して小さくなっていることが分かります。また、同一のプリセットタイムにおいて、②は①に近い値を取っていることが分かります。これらの結果より、式(5)を使って一回の測定からオーステナイト体積率のばらつきを評価することは有効と考えられます。なお、プリセットタイム120sにおける95%信頼区間がさほど小さくならなかった理由としては、電源電圧の変動等が考えられます。

測定した純鉄粉末の回折X線強度分布の一例(プリセットタイム120s)
図1 測定した純鉄粉末の回折X線強度分布の一例(プリセットタイム120s)

測定したSUS304粉末の回折X線強度分布の一例(プリセットタイム120s)
図2 測定したSUS304の回折X線強度分布の一例(プリセットタイム120s)

プリセットタイム7sのオーステナイト体積率の統計変動
図3 プリセットタイム7sのオーステナイト体積率の統計変動

プリセットタイム15sのオーステナイト体積率の統計変動
図4 プリセットタイム15sのオーステナイト体積率の統計変動

プリセットタイム30sのオーステナイト体積率の統計変動
図5 プリセットタイム30sのオーステナイト体積率の統計変動

プリセットタイム60sのオーステナイト体積率の統計変動
図6 プリセットタイム60sのオーステナイト体積率の統計変動

プリセットタイム120sのオーステナイト体積率の統計変動
図7 プリセットタイム120sのオーステナイト体積率の統計変動


表2 X線によるオーステナイト体積率とその95%信頼区間
 ①50個のオーステナイト体積率②一回ごとに解析的に求めたオーステナイト体積率の95%信頼区間
プリセットタイム, s平均値, %95%信頼区間, %50個の平均値, %
745.5±2.9±3.1
1545.5±1.9±2.0
3045.6±1.2±1.5
6045.6±1.1±1.0
12045.3±0.9±0.9


文献
1)例えば、円山, 熱処理, 17-4, pp.198-204, (1977).

 問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
       県央技術支援センター   斎藤 雄治
       TEL:0256-32-5271  FAX:0256-35-7228