本文へスキップ

新潟県工業技術総合研究所は、工業系の技術支援機関です。


Topページ > 機械・金属関係 技術トピックス  > ディープラーニングによる炭化物を含む鋼の金属組織の認識
ディープラーニングによる炭化物を含む鋼の金属組織の認識

1.はじめに
 前回は、鉄鋼材料の5種類の金属組織(フェライト、パーライト、マルテンサイト、セメンタイト、オーステナイト)の画像をディープラーニングを使って認識させました。
 しかし、実務においては上記のような単純な金属組織の認識ではなく、「同じ材料で熱処理条件が少し異ったときの金属組織を認識させたい」、「似た材料で同じような熱処理を行ったときの金属組織を認識させたい」のように、人間がやっても難しいことをディープラーニングにさせたいところです。
 そこで今回は、似たような金属組織をもつ工具鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼についてディープラーニングによる認識を試みました。これらの材料の金属組織は、焼入れ前は「フェライト基地+炭化物」、焼入れ焼戻し後は焼戻しマルテンサイト基地+炭化物となります。組織名は材料によらず同じとなりますが、材料の成分や焼入れ温度の違いによって炭化物の量や形、基地組織の見え方が異なるため、それをディープラーニングで認識できるかを調べるのが今回の狙いです。なお、この実験は令和2年5月に行ったものです。

2.実験
 表1に、ディープラーニングに用いた金属組織の種類を示します。表には各金属組織に対する試料、熱処理、金属組織を現出するためのエッチング液も併せて示しました。熱処理にはヤマト科学(株)製 F0410を用いて、金属組織の観察にはオリンパス光学工業(株)製のBX-60M-53MBに付属するデジタルカメラを用いました。

表1 ディープラーニングに用いた金属組織の種類
金属組織の種類 試料 熱処理等 組織観察に用いた
エッチング液
鋼種 大きさ
(mm)
フェライト+炭化物 SKS3 角19×長さ20 納入状態 硝酸5ml、エチルアルコール100ml
SUJ2 直径26×厚さ5 硝酸5ml、エチルアルコール100ml
SUS420J2 直径20×長さ20 塩酸10ml-ピクリン酸1g-エチルアルコール80ml
SKD11 直径32×厚さ10 塩化第二鉄10g、塩酸30ml、エチルアルコール120ml
焼戻しマルテンサイト+炭化物 SKS3 角19×長さ20 焼入れ+低温焼戻し
830℃×20分→油冷、180℃×1h→空冷
硝酸5ml、エチルアルコール100ml
SUJ2 直径26×厚さ5 焼入れ+低温焼戻し
820℃×10分→油冷、180℃×1h→空冷
硝酸5ml、エチルアルコール100ml
SUS420J2 直径20×長さ20 950℃焼入れ+低温焼戻し
950℃×20分→空冷、180℃×1h→空冷
塩酸10ml-ピクリン酸1g-エチルアルコール80ml
SUS420J2 直径20×長さ20 1050℃焼入れ+低温焼戻し
1050℃×20分→空冷、180℃×1h→空冷
塩酸10ml-ピクリン酸1g-エチルアルコール80ml
SKD11 直径32×厚さ10 焼入れ+低温焼戻し
1030℃×30分→空冷、180℃×1h→空冷
塩化第二鉄10g、塩酸30ml、エチルアルコール120ml

 観察した金属組織を図1~9に示します。実際に学習と認識の精度検証した金属組織も図1~図9と同じ倍率で観察しました。図のような金属組織画像を各組織につき100枚撮影しました。

フェライト+炭化物、SKS3、納入状態
図1 フェライト+炭化物、SKS3、納入状態

フェライト+炭化物、SUJ2、納入状態
図2 フェライト+炭化物、SUJ2、納入状態

フェライト+炭化物、SUS420J2、納入状態
図3 フェライト+炭化物、SUS420J2、納入状態

フェライト+炭化物、SKD11、納入状態
図4 フェライト+炭化物、SKD11、納入状態

焼戻しマルテンサイト+炭化物、SKS3、焼入れ+低温焼戻し
図5 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SKS3、焼入れ+低温焼戻し

焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUJ2、焼入れ+低温焼戻し
図6 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUJ2、焼入れ+低温焼戻し

焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUS420J2、低温焼入れ+低温焼戻し
図7 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUS420J2、950℃焼入れ+低温焼戻し

 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUS420J2、高温焼入れ+低温焼戻し
図8 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SUS420J2、1050℃焼入れ+低温焼戻し

焼戻しマルテンサイト+炭化物、SKD11、焼入れ+低温焼戻し
図9 焼戻しマルテンサイト+炭化物、SKD11、焼入れ+低温焼戻し

 撮影した金属組織画像を200×200ピクセルにリサイズおよびトリミング後、組織の種類ごとに学習(train)80個、検証(validate)20個に分けてGoogleDriveに格納しました。ディープラーニングのプログラムはPythonで作成し、Google Colaboratory上で仮想GPUを用いて実行しました。今回もVGG16という学習済みのディープラーニング用モデルを使用して、学習および認証を行いました。なお、学習用画像は表2の条件で水増しを行いました。

表2 画像の水増しの設定
設定項目 設定内容
画像の回転 0~40deg
画像のシフト 0~20%
せん断変換 0~0.2rad
ズーム 0~20%
水平方向反転 あり

3.実験結果
 学習・検証それぞれのデータを使って9種類の金属組織を認識させたときの正解率を図10に示します。図の横軸は学習回数です。概ね70回の学習で、学習、検証データとも100%近い正解率が得られることが分かります。
 300回学習後に検証データを認識させたところ、正解率は98.3%でした。間違ったデータを調べた結果、図7の組織画像3枚を図1の組織画像と認識していました。多少の誤認識はあるにせよ、100%近い正解率を短時間で叩き出すディープラーニングのすごさを再認識しました。

画像認識の正解率
図10 画像認識の正解率

  問い合わせ:新潟県工業技術総合研究所
        中越技術支援センター   斎藤 雄治
        TEL:0258-46-3700   FAX:0258-46-6900